木村 彩莉 さん

木村 彩莉 さん

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中央大学文学部社会学専攻。辞達学会(弁論部)所属。第14回東京大学五月祭記念弁論大会優勝・聴衆賞。放送研究会。中央大学広報室ナレーター

■ 木村彩莉(きむらあやり)さんのこれまでの主な活動
                               

〇辞達学会(弁論部)所属。118代
・第14回東京大学五月祭記念弁論大会優勝・聴衆賞 
・第39回全国学生新人弁論大会出場
 
〇放送研究会69期。中央大学広報室ナレーター
 中央大学公式Youtubeで多数のナレーションを行う (※実際の事例イメージ/youtube映像)

〇東京都青少年・治安対策本部学生ファシリテーター

■ 木村彩莉さんインタビュー
                                    

【1】「行動ひとつひとつに、自分の“理念”をもつ」という意識

大学に入学してまもなく2年。振り返ってみると、「話すこと」「伝えること」そしてその中の気づきや出会いをもとに培ってきた「人の縁を大切にすること」、これらが私の学生生活の軸になってきているのではないかと思います。

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「話すこと」でいえば、中学高校時代の放送委員会からつながる現在の放送研究会での活動。また「伝えること」は、放送委員会で取材してきた経験をさらに深めた「辞達学会」での弁論活動があります。

さらに「話すこと」「伝えること」は、大学の学食や学生マンション内見のバイトなどにも生かされ、「人の縁」を通じてさまざまなチャンスをいただくとともに、人と人、人と機会がつながることで新たな可能性が生まれる楽しさを感じてもきました。

そしてそれらトータルの取り組みの中で、「行動ひとつひとつに、自分の“理念”をもつ」という自分らしさを、少しずつながらですが確立できて来たような気がします。


【2】いろんな人の支えがあるからこそ、今の自分があることに気づく

「話すこと」の出発点は、中学1年生の時に放送委員会に入ったことです。私がいた学校は中高一貫のカトリックミッションスクールで、日々の放送の中で聖書を読んだり、全校生徒の集会の中でお祈りを唱えたり、ある種花形となる委員会でした。入るのにも、オーディションがあったんです。

興味を持ったきっかけは、「声が大きかった」ことです笑。小学校の時など、友達と騒いでいると私の声が一段と大きく通るようで、いつも怒られるのは私ばっかり。いつも理不尽だなあって。だから自分の特徴を前向きに生かせる場所として、放送委員会がいいんじゃないかなと思ったのです。

格式がある委員会でもあり、日々の活動などの運営の仕組みが生徒だけできちんと確立され、非常に学ぶことが多い時間でした。そしてこの過程で、「よりしっかりとアナウンスすること」、すなわち話す技術を高めていくことそのものを、すごく楽しいと感じるようになりました。

先生からも「アナウンスの仕事が向いているんじゃない?」と言っていただけるようになり、私の中の一つの軸として「アナウンサー」という仕事を意識するようになりました。

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この「放送」への取り組みは、大学になっても継続しています。それが現在の放送研究会での活動です。ストレートにアナウンサー志望を出すなら「アナウンス研究会」というサークルもあったのですが、放送研究会は制作なども手掛けていて、クリエーターの方が多いんです。それが私にとって勉強になりそうで、居心地も良さそうと感じて選びました。

実は私は小さいころ、モデルの活動をしていたことがあります。モデルだと通常、全ておぜん立てが整った後に現れ、自分の出番が終わったらすぐに帰ります。自分の出番のために周りの方がどんな準備や苦労があるか、想像することすらありませんでした。

しかし放送研究会に入って、一つの作品が出来上がる過程にとても多くの人の熱意や優しさや、弛まない努力があるということに気づきました。

親にも子供の頃から、「自分の何気ない日々の一つひとつに、実はいろんな人たちの協力があることをしっかり理解しなさい」ということを言われていましたが、ここで改めてリアルな形として感じとれたのは大きな財産になっています。


【3】「自分で原稿を書いて話をする」という点に魅かれ、弁論に興味を持った

弁論との出会いは大学生になってからです。現在所属している「辞達学会」の新歓イベントで、国会見学の企画があって。「東京だと、国会に行けたり国会議員を訪問したり、そんなことが当たり前にできるんだ」と感激して、一度行ってみたいと思ったのです。

最初は、このイベントにだけ顔を出して終わりのつもりでしたが、参加して先輩方と話をしてみると、熱くて面白い方が多かったのと、「(与えられた原稿を読むのではなく)自分で原稿を書いて話をする」という点に魅かれて、入部することにしました。

木村弁論

辞達学会というのは、明治34年に創設された中央大学の弁論部で、今年で118年目を迎える非常に歴史のある由緒のある部です。OBには、元内閣総理大臣の海部俊樹さんなどもいらっしゃいます。

アナウンスで培った「言葉を伝える」世界から一歩踏み込んで、ここでは、「自分の手足を使って調べたことを伝える」ことが主体となります。この「調べて話す」という活動は、私の性格にはかなり合っていました。

今の社会情勢を考え見ながらテーマを決め、取材に行くのはもちろん、内閣府の統計や行政の報告書などを調べます。そして最終的に政策提言としてまとめるところまで行います。

私がこれまで取り上げたテーマは、自画撮り被害や児童ポルノに関するもの、家畜感染症の対策、女性の働き方改革、代理出産の制度化などです。女性弁士が少ないこともあって、女性の視点で問題提起することを心がけています。

このテーマのうち、女性の働き方について訴えた弁論で第39回全国学生新人弁論大会に出場しました。しかし伝えたいことで完全に聴衆を説得するに至らず、惜しくも入賞できませんでした。

そして1年後、なんとしてもリベンジしたいと思い出場した第14回東京大学五月祭記念弁論大会で優勝と聴衆賞を受賞することができました。 

木村大会優勝

自分が今までやってきた声に出して人々に伝えるという「弁」に加え、いかに抜け目なく聴衆を説得するかという「論」を極めていくことは目に見えるゴールがない分、奥深いものです。

その分、うまく伝わらなかったときの悔しさは大きく、予想外の野次や質疑が飛ぶときは演台に立っていて泣きそうになるときもありました。でも、それだけ人の前で発言するときの準備や心構えがいかに重要なのかを経験をもって感じることができました。


【4】弁論という存在を少しでも多くの人に身近に感じてもらいたい

ただ弁論という世界に関心を持っていただける層は、まだまだ限られています。「もう少しメジャーな存在にしたい」というのは、私たちの強い願いの一つでもあります。伝統がある分、どうしても固くなりがちですし、生真面目なイメージが強いですよね。どうしたら、もっと親しみを持っていただけるか、多くの方を巻き込んでいただけるかは課題です。

そのために部として取り組んできたのが、より多くの人に来ていただける大会をすること。これは中央大学だけでなく全大学において同じ目標を持っていて、私が優勝させていただいた東京大学での弁論大会も「五月祭」の際に実施されたものです。学園祭は、弁論のことを知らなかった人にも、弁論を聴いてもらえる絶好のチャンスだからです。

最初は何となくブラっとでもいいし、座って腰を落ち着けられるからといった理由でもいい。少しでも目に付くところで活動することで、立ち止まってもらい、弁論の面白さを感じてもらえたらと。

私自身はSNSの発信を工夫してます。各大学、各部がそれぞれに工夫をし、変わっていく努力をしているところです。

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こうして弁論を続けていくなかで、「情報を集めて整理して文章にまとめる」それだけでいいのかな?ということを感じるようになった時があります。自分はそのリアリティな姿を本当に知っているのか、知らないまままとめて意味があるのかと。

そこである時、東京都が取り組みを始めた自画撮り被害の自己啓発のボランティアに参加しました。都内の中学校、高校に出向き、生徒にこの問題の恐ろしさを伝える出前授業です。始めてもう2年になりますね。

そこで感じた思いをもとに実際に弁論を行ったこともあります。自己啓発という被害者側の責任だけにせず、法整備すべきだと思ったからです。実際に弁論にしてみると、インターネット上で起きる犯罪に有効な政策を打つことが非常に難しいことでした。

私が扱った問題がそうであるように、弁論は社会課題がテーマになるため、実態を調べていくほどにつらい現状を目の当たりにすることになります。そして病気や怪我や家庭の事情や、いつ何時自分も当事者になるか分からない。その現実が突き付けられます。それは結構重いですね。

たぶん弁論に関わっている方たちは、比較的に恵まれた環境に置かれていることが多いような気がします。ですから、今時点ではそういう課題とは少し距離があるかもしれません。でも、当事者じゃないからこそ客観的に考え、声を大にして論じることができる点もあると感じています。


【5】「私に頼んだほうが良い結果になるよ」という自負を持って日々過ごす

昨年の12月、中央大学変人学部の主催で「クリスマスセッション」にゲストとして参加してきました。テーマは「アクションを起こす力を共有しよう」というものです。

とはいえ、この彩才兼備にも出ていられる八村美璃さんなど、華々しい実績を持っている他の方に比べて、実績もない私が何を話せるだろうかと、かなりの戸惑いがありました。そしてかき集めた実績が、これまでご紹介した辞達学会や放送分野での活動のことでした。

木村セッション

私なりにここで伝えたいと考えたのは、「自分の意識の持ちようで、今ある現状の捉え方が変わること。そしてそれによって新たな可能性がたくさん生まれる」ということです。

例えば、バイトの業務ひとつとってもいろいろとあります。学食での皿洗いひとつとっても「どうすればもっと効率的になるか」「きれいになるか」とか、学生向けマンションの内見なら「どう接客すればもっと売れるか」とか。

単にバイトという立場であっても、何となくとかやらされているとかではなくて、自発的に物事を考えて最善を尽くすようにする。もっと言えば「私に頼んだほうが良い結果になるよ」と、みんなに評価してもらえるような強い自負を持つ。

そういう積み重ねのなかで、例えばバイト先に取材が入った時に、代表してメディアに出て話をすることになったり、気づいたらいろんなチャンスが生まれてくる。点と点が線と線になり、人と人がつながり、自分の経験が膨らむ。そのことでさらにできることが増えてくる。

最初は単に負けず嫌いだったからくらいのスタートだった気がしますが、気づいたら冒頭にお話ししたような「行動ひとつひとつに、自分の“理念”をもつ」というスタンスが育ってきたような気がします。

もっともその過程では、かなりの葛藤はありました。正直私もそこまで強い人間ではないですから、頑張ってもそれが評価されないとつらい。「なんで私だけすることが増えていくんだろう」「(周りにとって)都合のいいだけの人間になっているんじゃないかな」そんな不安も付きまといます。


【6】自分がやりたいことを頑張ることで生まれる「周りのため」を大切にしたい

そういう繰り返しの中で見えてきたのが、「相手のため」を出発点にしないこと。「相手のため」からスタートすると、どうしても見返りを求めたくなるからです。

まずは自分がやりたいこと、好きなことを精いっぱい頑張る。「その結果、周りのためになったり、喜んでもらえたり、何か報われることがあったら最高!」。そんな風に意識を変えることで、少しずつ自分の中に腑に落ちてきた気がします。

一方で、得意でないことでも頼まれたら頑張ることで、知らない世界が見えてきたり、自分のキャパが広がっていきます。自分のために執着しないことが、知らず知らずのうちに自分のためになっていく。また、弱点だと思っていた「気にしい」という性格も、気づかいや察する力など、自分の強みにも転換できる。物事にはそんな多面性があることも学んできました。

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このときのプレゼンで予想外だったのは、私にとってごく普通だと思っていた日常の努力や意識に対して、「そんなことは自分にはできない」という声が多かったこと。

どうしても講演会の話はゲストが輝きすぎていて、「自分とは違う」と勝手に思い込む傾向にあります。その点、私くらいなら等身大で聞いてくれるだろうと思っていたのですが、それでも「すごい人」と思われてしまった。それは少し拍子抜けした面はありつつ、自信にもなりました。

半信半疑で頑張っていたことが、間違っていなかったということ。そういう経験をすることが自分のために大事なことだったんだと、改めて気づけたからです。ですから、たぶんこのプレゼン自体が、自分自身に語り掛けていた時間だったのかもしれません。

その反面一つだけ、これまでの経験の中から感じてきたのが、「自分が生きることに精いっぱいになること」のリスクです。

新しいチャンスや可能性の広がりは、人と人のつながりがあるからこそ生まれます。その循環は大切にしないといけない。自分のことしか見えなくなって、人との関係がおろそかになると、自分の可能性を閉ざしてしまうことになる。そこはちょっと頑張ってでも投資をしないといけないし、それができる環境をどう作っていくかも重要だと考えています。

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もっとも・・・ 分かったようなことを言っていても、実際の今の私は五里霧中状態ではあります笑

自分には何ができるんだろう、そもそも本当にしたいことは何だろう。夜な夜な悩み、たびたび書店に行っては、何を勉強するべきか考えたり、周りの頑張っている子たちのSNSの投稿に悶々としたり…自分の将来を考えるって難しいですよね。

まだ当分は、そんな葛藤の日々が続くとは思いますが、これまで頑張ってきたことの中にヒントは必ずあると思いますし、もっと見える世界は広がっていくはず。そう信じて、残り半分の学生生活を大切に過ごしていきたいと考えています。