中川 美季 さん

中川 美季 さん

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日本赤十字九州国際看護大学 看護学部看護学科。「ミス日本赤十字九州国際看護大学2013」グランプリ

■ 中川美季さんのこれまでの主な活動

〇ミスコン関連
「ミス日本赤十字九州国際看護大学2013」グランプリ
「Miss of Japan」ホームページ

〇モデル関連
「CXC(キャンパスクリスマスコレクション)2014」
「CGC(キャンパスガールズコレクション)2014」 
・「CXC(キャンパスクリスマスコレクション)2013」
※その他、カットモデルなど
・九州ビジネスチャンネル 「美人カレンダー」 (2014/7/8) 

■ 中川美季さんインタビュー

【1】赤十字が運営すること、「国際」の文字に魅かれて入学を決意

私が通っている大学は、日本赤十字九州国際看護大学と言います。名前の通り日本赤十字が運営する全国6校の看護大学の一つで、博多と小倉の真ん中あたり、福岡県宗像市という町にあります。2001年の設立ですので、比較的未だ新しい大学といえます。

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この大学に決めたのは、「日本赤十字が運営する」という信頼の部分、そして系列の中でも唯一という「国際」大学である点が大きな理由です。一方で家から車で通える距離という身近さも大きな魅力でした。

看護というか医療の世界に関心を持ったのは、中学生の頃「救命病棟24時」など、医療の世界を描いたドラマに嵌まったことがけっこう大きかったりします。かなりミーハーな理由ですが(笑)。人の命を助かる仕事であること、生命に大きくかかわる仕事ということのカッコよさへの憧れみたいなものが単純にありましたね。

また叔母が海外で看護師をしていることにも影響を受けています。彼女はボランティアとしてモロッコで活動しているのですが、世界を舞台に献身的に働いている姿にはとても惹かれました。私が「国際」にこだわったのは、まさに叔母に刺激を受けてのものです。

大学生になって、私自身もモロッコに一度行って、一緒にお手伝いなどをさせていただいたのですが、そこであらためて「日本は医療環境にすごく恵まれていること」を実感として気付くことができ、同時に「将来は自分も世界を舞台に役に立てる存在になりたい」という意欲を強くしました。

【2】まずは私自身が、しっかりと家族の面倒をみることができる人間になりたい

大学に入ってそろそろ3年目も終わろうとしており、あっという間に月日が流れていることを感じています。勉強も予想以上に結構大変です。レポートや実習も多いですし、覚えないといけないことはたくさんあります。

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現場を見て感じてきたのは、「人の生命力の凄さ」みたいなものです。例えば集中治療室で、全身にチューブが張りめぐされているような環境下でも、人は生き続けようと頑張っています。医療系の学生なら誰でも同じだとは思いますが、生命の尊厳についてや人生とは何かとか、当然に感じざるを得ない日々を過ごしてきました。

また終末期を迎えた患者さんは、「家で死にたい」という人が多いんです。でも実際にそれを受け入れられる環境を持った家庭は少ないですし、まずは私自身が「家族に対してしっかり面倒みられる人間になる」ことを強く意識をしています。

というのも、実は昨年祖父が亡くなったんです。当時ずっと「家に帰りたい」と言っていたのですが、私自身がまだ看護師としての経験も知識もなく、家に迎えてお世話できる自信がありませんでした。「もっと自分に力があれば、家に連れて帰れたし、もっと祖父孝行ができたはず」。その悔しさは今でも忘れませんし、私が看護の道で頑張ろうと思い続ける大きな原動力にもなっています。

そういう経験を踏まえてもっと多くの人に知ってほしいなと思うのが、介護保険についての基本知識です。同世代の大学生ですと、ピンとこない人が大半だと思いますが、家族のためにも少しでも知っておいた方が良いことはたくさん有ります。

まず基本的な点で言えば、介護保険を活用して、使えるサービスやサポートがたくさんあるということ。例えば、福祉用語のレンタルや、ヘルパーの受け入れ、宅食サービス、訪問看護、介護タクシーなど、介護保険を活用して受けられるサービスは、さまざまなものがあります。

それを知らずに、「なんでも自分でしないといけない」と考えると、自分自身が疲弊し共倒れする恐れもあります。大事な家族を守るためにも、介護保険がどういう時に役に立つのか、基本的な仕組みは是非覚えておいていただけるといいなと思っています。

【3】ミス日本赤十字九州国際看護大学2013グランプリに選ばれて

昨年末にも「CXC(キャンパスクリスマスコレクション)」というショーに、モデルとして出させていただくなど、学外の活動も少しずつ増えてきましたが、そのきっかけになったのがミスコンです。2013年に開催された、「ミス日本赤十字九州国際看護大学」のコンテストで、グランプリをいただいたのがその出発点になっています。

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私たちの大学のミスコンは少し選考方法が変わっていて、最初の投票対象は「全ての在校生」なんです。そこから1年生、2年生各2名がファイナリストとして選ばれ、学園祭当日の最終投票&審査にのぞむ形になっています。

ですから1年生の時にファイナリストに選ばれた時は、まさに青天の霹靂。びっくりしました。しかし結果はファイナリストどまりだったんですよ。ですから、今年もファイナリストに選んでいただいたのですが、自分の中では「どうせ今年もここまでだろうな」と少し卑屈っぽくなっている部分がありました(苦笑)。

でも、今年はグランプリをいただけました。やはり選ばれた時は素直に嬉しかったです。そしてその後は、若干ですがミス受賞者としての自覚も。

とはいっても、「ジャージとウィンドブレカーですっぴんで通学!」したりしてたのをやめて、多少は化粧したりお洒落するようにしたり、それくらいではあるんですが(笑)。「あんな子がグランプリ!?」と言われないように心掛けないといけないなとは思っています。

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以前この彩才兼備に登場されている安永明日香さん。実は高校の同級生なんです。私がグランプリを受賞したことを知って、彼女から誘っていただいたのが、その冬に行われた、「キャンパスクリスマスコレクション」でした。九州地区のミスコン受賞者などが集まって開催されるイベントで、受賞者同士でさらに同地区のアワードを競ったり、ファッションショーなどが行われます。ここではじめてモデルデビューさせていただきました。

ウォーキングやフォーメーション、ポージングなどのレッスンも受けるんですが、もちろん初めての体験。他のミスの子たちは読モ経験があったり、根本的に素質が高かったりと、みんな凄いんです。「私がこの中にいていいのかな?」そんなことを思うこともたびたびでした。

ですからその後も「誘われたら出る」くらいで、あまり自分から積極的に行動していなかったんですが、やはり「もう少しできる自分でありたいな」という思いはありますし、これからも機会をいただければ、いろいろなチャレンジをしていきたいと思っています。

そしてこれは最近気づいたことなのですが、今まで周りのミスの子と自分を比較して、勝手に自分の可能性に限界を感じていることが多かったのはもったいなかったなと。私自身もグランプリをいただけたんですから、その期待に応えないといけないし、本来ならもっとできたことがあったはず。私のライフワークである看護の領域を絡ませたりしながら、独自の発信力を作っていきたいなと考えています。

【4】強くて頼りがいのある「ほんわか」を作りだしたい

いま自分自身に課しているのは、もっと視野を広げることです。そして基本的な知識をしっかりつけて、正しい知識を、必要とする人へ確実に届ける。そんな力を持った存在になっていきたいと思っています。

学べば学ぶほど、看護師ができること、期待されるものはたくさんあることを日々実感しています。例えば大きな病気やけがで入院を余儀なくされた患者さん。この時、精神的に大きなダメージを受けているのは患者さん本人だけではありません。周りの家族もつらさ苦しさを一緒に味わっていることが多いのです。その時、周りの方を勇気づけたり安心させたり、細かく情報を提供したり、そういうケアをできるのは看護師だからこそです。

「医療の世界で必要とされるような存在になりたい」「もっと頼られるような存在になりたい」。そういった思いは私はけっこう強いんですよ。

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周りのみんなからは日頃、ほんわかのんびりしているイメージが強いみたいなんですが、本音は「美季ってけっこうやるじゃん」みたいに思われたい(笑)。でもほんわかイメージも、患者さんの安心感につながるなら、それも大事な要素ですし。頑張りがギスギスにならないように、強くて頼りがいのある「ほんわか」を作りだしたいですね。

未だ将来の方向性は考えている最中ですが、救急分野か小児科が私向きなのかなと思っています。ただ家庭を大事にしたい気持ちも強く、出産したら暫く育児に専念したいなと。そして看護の世界に戻って、40代か50代くらいには、しっかりキャリアを積んで、国際的に活躍できるように。現時点ではまだ想像の域を出ないですが、今描いているイメージはこんな感じです。

幸い私が通う大学は、グローバルな形で活躍している先生が多いのが強みです。そして世界のさまざまな場所での医療のカタチを知ることができ、そこから学べるものは非常に多いのではないかと期待しています。

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最後に、私の故郷である直方(のおがた)市について宣伝を(笑)。もともとは周辺の地区と同様、筑豊炭田で栄えた炭鉱の町です。今は「石炭記念館」という形で、当時の面影を残しています。同時に全盛期の賑わいぶりを表しているのが、その名も「成金饅頭」。その頃から今に至るまで、直方の名物と言えるお菓子です。

最近ではB級グルメとして「直方焼きそば」が人気です。1980年~90年代頃、直方市の商店街内にあった喫茶店で出されていた名物メニューだったようなのですが、そのお店の閉店によっていったんなくなりました。これが2010年11月から市民の声で復活し、直方グルメとして火が付きました。現在は26店舗で召し上がっていただくことができ、ガイドブックなども用意されています。

直方の「人」を代表するのは、大相撲の元大関・魁皇さんです。現役の場所中は、勝つたびに花火が上がっていました。そして直方駅前には銅像もあります。それくらい地元に人に愛されていた存在です。さらにJRには直方と博多を結ぶ特急「かいおう」が走っていたりします。まだ現役の生きている人の名前が、列車名になるのはJRでも初のことで、今でも唯一の存在ということです。

春になると賑わいを見せるのが、河川敷一面に咲き乱れるチューリップの花畑。毎年直方ではチューリップフェアを開催していて、昨年は58種類13万本のチューリップとムスカリが花を咲かせ、来場者の目を楽しませました。

九州にお越しの際は、直方も立ち寄りの一つの候補にぜひ挙げていただければ嬉しいです。