井上 陽美 さん

井上 陽美 さん

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熊本大学医学部。2014年「全国医療系学生ミスコン」メディカル部門グランプリ。アジア医学生連絡協議会。Medical Future Fes 2014 広報

■ 井上陽美(みなみ)さんのこれまでの主な活動

◯学外活動
アジア医学生連絡協議会(AMSA-Japan)
Medical Future Fes 2014 広報
・国際社会医療研究会
・記事寄稿 「医療系学生の挑戦」3月号No.3

◯ミスコン関連
「全国医療系学生ミスコン」メディカル部門グランプリ

◯その他
・医学部ボート部、茶道部、国際社会医療研究会

メディアでの紹介リンク

・NEWS PICS 医学生ピッカー・井上陽美さん「身近な医学知識、発信したい」(2016/9/10)
・日経メディカル 「全国医療系学生ミスコン、グランプリ決定!」
・看護roo 美しすぎる学生ナース&学生ドクターが決定!「全国医療系ミスコン2014」開催
・美学生図鑑 熊本 井上 陽美 @熊本大学


■ 井上陽美さんインタビュー


【1】 子供の頃、体が弱かったときの経験が医学の道を目指すきっかけに

私が医療の道を目指すようになった原体験の一つに、子供の頃、体が弱かったことがあります。当時は、体育の授業に出られなかったり、遊びの誘いを断らなければいけなかったり、みんなと同じようには生活できない日々を過ごしていました。

その頃通っていた病院の主治医の先生が女性でした。そして彼女からたびたび「医師になること」を薦められました。そういう経験の中で知らず知らずのうちに「医学の世界を目指すこと」が、私の人生の選択肢における大きな軸になっていきました。

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当時の「やりたいことができなかった経験」は、結果的に、自分の中の向上心や、挑戦意欲をかきたてていったような気がします。同時に「健康であること」の重要性を、強く認識したり。

その後大学受験にのぞむにあたり、進路をどうしようか真剣に考えたことは、自分にとって大きな財産になりました。医学部を目指すか、学部関係なく日本の最高学府である東大を目指すか、その二択の中で自分の人生はどうあるべきか、物凄く迷いました。

そして「私は医学を学びたい。進路は大学でなく学部で選ぼう」と結論を出し、医学部を受験することにしました。

【2】必ずしも東京だけがアグレッシブで可能性に満ちているわけではない

熊本を選んだのは、試験の相性だけでなく、もともと私が九州出身だったこと(物心ついたときは既に東京暮らしでした)が理由として挙げられます。しかし「熊本で本当にいいの?」そんな悩みもずっとついて回りました。悩みに悩んで結果を出したのは、新学期が始まる直前の3月31日。住む家もないままの引っ越しでした(笑)

このときの、首都圏or熊本の二択判断も、自分を見つめ直す良いきっかけになっています。

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東京はアグレッシブな人が多いし、刺激もたくさん。それまでずっと東京で過ごしていたこともあり、東京に残りたい気持ちもかなり強くありました。決め手になったのは「どちらを選んでも楽しいし、どちらを選んでも後悔もするよ」という言葉。「結局、全ては自分次第だ」って、今の自分を受け入れる決心がついたのです。

熊本に来てみて、親元を離れるのはよかったなって思います。それまでけっこう過保護に育ってきたというか、生活能力がゼロ。自己管理能力がなかったので、自分で自分のことをきちんとできるような人間になれました(笑) そして今は、ここには東京にはない魅力があると思っています。便利さが必ずしも素敵な事とは限らないし、先進的な人ばかりでも社会は成立しないはず。地元愛を強く、地域に根ざす生き方も大切な選択肢の一つですよね。

面白いなって思ったのは、熊本大学の医学部は再受験組が多かったこと。そのため知らない人ばかりの中でも、ごく自然に輪に入れましたし、「社会にはいろんな人がいるんだな」って、人それぞれの多様性にも惹かれるようになりました。

【3】積極的に外の世界を知ろうと、1年の頃からさまざまな場所に飛び込んだ

体が弱かったわりには、というかその反動だったのかもしれませんが、私はいろんな習い事にチャレンジしてきました。例えば、ピアノ、書道、囲碁、声楽、ジャズダンスなど、かなり好奇心旺盛なタイプだったと自認しています。

ただ一方で、器用貧乏というかこれといったものがなかったのも事実です。どの分野でもいつも上には上がいる。そういった気持ちの中のバランスの悪さに悩んだこともありました。

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やがて思うようになったのは、「やりたいことをやってみること」、もしくは「頑張ろうという意欲を持っていること」そのものに価値を感じていいのかなということです。「いろんなことにチャレンジする性格自身が私の強みなんだ」、そう少しずつ開き直れるようになりました。

大学生活においても、1年生の頃から積極的に外の世界に飛び出していきました。その最初のきっかけは、熊大の先輩方が開催したイベントでした。先ほども話したように、アグレッシブで挑戦意欲の高い人は、東京に集中しているイメージがあったのですが、このイベントはとても熱量が高いものでした。そして実は九州にも凄い人がたくさんいたんです。

私自身、まだまだ勝手の分からない1年生の時だったのですが、だからこそ本当に大きな刺激を受けることができました。そして、もっと広く世界を見てみようと、いろいろなイベントに参加するようになりました。

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AMSA(アジア医学生協会:Asian Medical Students’ Association)もその一つです。私は1年の時に4週間カナダに行くなど、世界にも興味があり、国際的な活動に憧れがありました。AMSAでは、年に2回国際会議があるのですが、ここでスタッフとして経験させていただいたことも、その後の活動における考え方の軸になっています。

2015年の3月には、4週間アメリカの病院で実習をし、そこでも多様性について強く意識させられました。アメリカ、特に私の滞在していたカリフォルニア州は移民が多く、本当にさまざまな国の人たちが住んでいます。特にヒスパニックは多くて、スペイン語しか話せない人も受診するため、スペイン語を話せる医師も少なくありませんでした。

帰国して、日本の病院は日本語だらけで、英語を話せるスタッフも多くない、外国人の方にとってなんて受診しづらい環境なんだろう、と感じたんです。JMIP(Japan Medical Service Accreditation for International Patients)、外国人患者受入れ医療機関認証制度というものがあるんですが、まだ全国でたった7病院しか認証されていません。東京は今のところゼロ。

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日本への観光客は年々増えているし、東京オリンピックもある。こういった状況の中で、病院も、医療者の意識も、変わっていくべきなんじゃないかなって思っています。これも、思い切って外に出たから気づいたこと。

単身で渡米して、周りに日本人が一人もいない環境の中での実習は、帰国子女ではない私にとって、またひとつの大きな挑戦でした。でもその動機っていうのはいつも、楽しそう、面白そう、行ってみたいっていう純粋な好奇心なんです。そんな私を、心配しながらも応援してくれる家族には、本当に感謝しています。

【4】女性医師のワークライフバランスが私の中の大きなテーマに

医学部に通う女性の中で、よく話題になるのが、医者という仕事と家庭の両立です。これは1年生の頃から同級生ともよく話すテーマでした。

「これだけ毎日医学の勉強をしているんだし、医者として働き続けたい」「でも普通に結婚したいし、幸せな家庭にも憧れる」。こういった仕事と家庭の両立への葛藤は、学部を問わず多くのみなさんにとっても共通の課題だとは思うのですが、医学部生にとっては、より想像しにくいものがありました。ですからみな、勝手に諦めがちになってしまっていたり・・・

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でもそれは「実際の例を知らないから」に過ぎなかったのです。学生が話す内容は、あくまでも想像の範囲内でしかなくて、当然のように結論のない堂々巡り。「実際はどうなのか知りたい!もっと知る機会を作ればいいんだ」そう考えたのは、ごく自然な流れでした。

その時に知ったのが、もともと友人だった東大の西村有未さんの医師のワークライフバランスを考える企画でした。まさに私が知りたかったこと、したかったことをしようとしていた存在だったんです。

残念ながら、時間的・距離的に制約があって、西村さんが主催したイベントには参加できませんでした。でも「だったら自分たちで熊本でもやってみよう!」そう思いました。そして西村さんにアドバイスを貰いつつ、2014年1月に実現にこぎつけたのです。

開催してみると、医師・学生、男女合わせて参加者は100名もの規模になりました。「実はみんなにとって興味がある内容だったんだな」と言うことをあらためて知ることができました。

この時感じたのは、「知っていて選ばない」と「知らずに選べない」は全然違うということ。好きかどうか興味があるかどうかではなく、まずは多くの人の考え方にじかに触れてみること。選択肢や視野を広げることそのものに凄く価値があるということでした。

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例えば、「医者をしながら子育ては難しい」とみな思い込んでいましたが、3人の子育てをしながらハーバード大学に留学され、現在は5人のお子さんを育てている吉田穂波さんという素敵な産婦人科の先生がおられます。実はちゃんといるんです。理想的な生き方をしている方が。

私たちは「自分たちで勝手に不可能を作りだしているだけ」なんだって、すごく痛感しました。

そして、そういう人たちをいっぱい知って、その素敵な部分の「いいとこどり」をしていこうって。単純に真似するんではなくて、自分に合った、自分がいいなと思えるところを少しずつ組み合わせて、自分らしさを積み重ねていく。今はそんなことを意識しています。

【5】「一歩前に踏み出す」チャレンジする姿勢をいつも大事にしたい

2014年の夏、初めて医療系学生に特化したミスコンが開催されました。これは全国の医療系学生が集まる「Medical Future Fes2014」というイベントの主要コンテンツとして開催されたもので、その中で私はメディカル部門のグランプリをいただくことができました。

この開催には賛否両論がありました。「医学生は勉強だけしていればいいんだ」そんなコメントもたくさんネットに書き込まれました。

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その中でも実現に移したのは、もっと多くの医療系学生を巻き込むきっかけを作りたかったからです。私はもともと「Medical Future Fes 2014」に運営スタッフとして関わっていました。アクティブに外に飛び出していく学生、中にこもって勉学や研究、あるいはスポーツを突き詰めていく学生、「どっちにも興味を持ってもらえるテーマは何か」そう考えたとき、多少安直かもしれませんが、ミスコンがいいきっかけになるのではないかと考えたのです。

私自身は、こういう場に出るのは初めてで、やはり正直葛藤は有りました。中傷などもありましたし、そもそも自分を上手に見せるのに慣れてなかった。

でもよく考えると、「素敵な女性になりたい」とか「きれいに見られたい」とかの願望は人並みに持っていた。今までは「そう思っていないふりをしていただけだったのではないか」って。「だったらそういう気持ちを表に出すいいきっかけになるかもしれない」、そう考えるようになり、運営スタッフとしても「イベントが盛り上がるなら」と思ったんです。

実際にミスコンに出ることが決まってから、毎日早寝早起きをしたり、柔軟体操を始めたり、生活そのものが変わったんです。華やかな舞台に立つことそのもの以上に、そのための準備や意識によって得られるものがたくさんある。これはけっこう重要だなって感じました。

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それはいつも「一歩踏み出してみる」「可能性に挑戦してみる」そういう姿勢を大事にすることでもあるはずです。人生はどんな未来が待っているか分からない。だからこそ積極的に、どんなことも楽しいと思えるようになろうって。同時に「自分がやりたいことを見つけたときに、しっかり取り組めるだけの力を持つ」ための努力も怠らないように。

その中で重要なキーワードになるのは、やはり人との関係だと思います。振り返ってみても、何か動き出す端緒にはいつもきっかけをくれる人がいる。刺激を与えてくれる存在がある。そういう人に出会えると、可能性が広がり人生が加速していく気がします。

私は幸い「人と会うのが好き」、そして「人の話を聞くことが好き」。そんな自分の性格を、もっと押し出すことで、どんな世界が広がっていくのか。残りの限られた学生生活を、より貪欲に楽しんでいきたいと思っています。