■ 田中美沙さんのこれまでの主な活動
○「知るカフェ」関連
※
「知るカフェ」とは・・・大学近隣に設置された、大学生専用のカフェ。店舗運営は企業の協賛で賄われ、学生は利用料不要。無料でドリンクを注文できる。
・大学1年生の冬に、働いているスタッフの先輩に憧れて応募。同志社店で勤務スタート
・2015年に一度店長代理になるも、その後スタッフに戻る
・2016年スーパーバイザーに就任。関西地区の各店舗のマネジメントを担当
・2016年9月から、研修マネージャーに就任
※新人研修制度の確立(研修後に新スタッフが一人前の状態になるような研修制度を構築) 、指導者の質向上(新スタッフを指導するトレーナーの選出、育成など) 、新人研修の管理 ・既存スタッフのレベル向上(マニュアル内容の確認テスト実施など)などを担当
○ 囲碁関連
・小学2年生時から習い始める
・高校生の時には毎回全国大会に団体戦で参加。主に副将として。最高はベスト4
・大学1年生から、本因坊戦・碁聖戦など囲碁の公式対局の解説で、プロ棋士とともに進行役を務める
・2016年11月に日本棋院で三段免状所得
■ 田中美沙さんインタビュー
【1】囲碁と「知るカフェ」が、大学生活の二つの大きな柱
私自身の大学生活を振り返った時に、その軸になってきたのは大きく二つ。子供のころから習ってきた囲碁、そして、大学生向けの無料カフェ「知るカフェ」でのアルバイトです。全く別の領域の内容なのですが、いずれも私にとってとても大切なもので、大学生活を充実させていくうえで大きな意義がありました。
まずは小学校2年生の時に始めた囲碁について。私はこれまで、英語、水泳、ジャズダンス、ピアノなど、習い事にはたくさんチャレンジしてきましたが、その中でも囲碁だけはずっと長く続けてきました。
きっかけは、近所の子供たちと連れ立って、近くの囲碁サロンへ通うようになったことです。勝つと缶ジュースが貰えたので、それが励みだったりとか(笑)。ゲーム機が無い家だったので、ゲームで遊ぶ楽しさみたいな感覚もありました。
母親も、「知り合いの子どもが、囲碁を習っていて東大に行った」みたいな話を聞きつけてきたようで、受験のためになるのではと後押ししてきたり(笑)
力を入れるようになったのは、名古屋の小学校の時に通っていた囲碁の先生がすごく厳しかったこと。力を認められたみたいで、「教えてやる」と。来てほしいとか頼んだこともないのに、家まで指導に来るようになって。いつも辛くて泣いていました(苦笑)
おかげで小6の時に初段まであがりました。この時点では、かなりのレベルだったと思います。でも、それ以降はそれほど上達しなくて、高校時代は毎回全国大会には行ったのですが、団体戦のベスト4が最高で。囲碁の世界で勝負していくという意識を持つまでにはなりませんでした。
【2】たくさんのお客さまの前で囲碁の対局を解説
ただそれでも囲碁が好きなことは変わらず、大学入試の受験が終わった後、少し時間が空いた時に、プロの棋士の方に「何か囲碁に関連したお仕事があれば」と相談して。そこで出会ったのが対局の解説の仕事です。
テレビの囲碁番組を見たことある人は少ないかもしれませんが、そこではいつもプロの棋士が、視聴者に向けて対局の進行に合わせて解説をしています。それと同じようなスタイルで、テレビではなく目の前に人が集まる場所でリアルな形で説明する解説もあるんです。私はそちらに呼んでいただき、お手伝いをさせていただくようになりました。
▲【囲碁解説会】第40期棋聖戦七番勝負、第3局目 (2016年2月1-2日)、鳥取県米子市「華水亭」にて
最初は18歳の時ですから、緊張でガチガチでした(笑)。目の前のお客さんの視線が気になって、ちょっとしたことで、すぐに頭が真っ白に・・・
場所は主に、梅田の囲碁サロンや囲碁カフェなど。2-3カ月に一回くらいのペースでしょうか。本因坊戦や碁聖戦といった、囲碁の世界を代表する対局のお仕事もありました。
場所が関西なので、お客さんがいっぱい突っ込んでくるんです。そういう距離の近さは、プレッシャーでもあるのですが、とても楽しくもありました。
テレビの場合は、聞き手の女性も実力あるプロで、質問と言ってもある程度答えが分かっていてやり取りします。しかし私は単純に、分からないから質問する(笑)。女の子の少ない世界でもありましたし、そういう素人くささが受けたのか、ずっと可愛がっていただき続けることができました。
【3】ずっと続けて来れた囲碁の面白さ
囲碁の面白さはいろいろあるのですが、一つは盤面のどこに打ってもいい、制約のないところ。そして何十手まで先を読む戦略性や駆け引きの部分といったところでしょうか。
将棋でもチェスでも、駒の動きは今置いてある場所が基準です。でも囲碁にはそれがありません。19×19のスペース、(石が置いてない場所なら)どこに打っても構いません。もちろん定石的なものはたくさんありますが、それすら最近では、コンピュータが今までの定石を全く無視した戦法を取って話題になったり、そういう自由さは私の性分に合っている気がしました。その人の性格やその時の気分で、描く世界が変わっていく、そういう点も魅力です。
戦略性と言う意味では、絶えずかなり先まで考えています。私のクラスでも10手先くらいまで。もちろんそれぞれの打ち手に、相手の対応の種類が幾つもありますから、10手先までと言うことは、何百ではきかないくらいの種類のシミュレーションをすることになります。
ただ・・・ こんなふうに偉そうに言ってみましたが、実際は殆ど予想通りにいきません(笑)。こう来るだろうと思って待っていたら「あれ?」って(笑)。でも、そのたびごとに、もう一度先を読きなおしいく。一つ石を置くたびに、その繰り返しを続ける訓練をしてきたのは、実社会でも役に立つ部分があったのではないかと思っています。
囲碁のイメージと言うと、どうしても「地味」とか「お年寄り向け」みたいな印象を持つ人が多いかもしれませんが、実は少しずつ変わってきているんです。
最近では協会なども、そういうイメージ戦略に積極的で、「囲碁ガールズフェスタ」などを行ったり、囲碁ガールという言葉が話題になるようにもなってきました。”内容がぶっ飛んでる“との評判を呼んだ「オンナの知的好奇心を刺激する フリーペーパー『碁的』」と言った雑誌も発刊されたりして、最近では、新たに囲碁を始める人の大部分を、女性が占めるようにもなっているようです。
私も少し周りの子たちに囲碁を教えることがあるのですが、ルールも単純だし、「石を囲んで取る」と言う分かりやすい達成感もあるので、興味を持ってくれる人も多いです。もっとも、究める分にはかなり難しいことは事実なので、どこまでその興味を持続していただけるかといった問題はあります。
でも先ほどもお話ししたような、先を読み続け思考を深めていく戦略性は、知性・感性を磨くには絶好だと思いますので、少しでも関心を持っていただける人が増えると嬉しいなと思います。
【4】「知るカフェ」を通じて、全国に素敵な友達がたくさんできた
私に取ってもう一つの大きな軸「知るカフェ」は、大学1年の冬頃からお世話になっています。
以前からお店の常連で、こういう場所で働きたいなってずっと思っていて。でも人気が高くて募集がかかることも殆どなかったので、「次の募集はいつですか」とみんなに相談して回って、光栄なことに採用していただけることになりました。
▲「知るカフェ」同志社店、カウンター内にて
「知るカフェっていいな」ってずっと思っていたのは、何といってもスタッフの先輩たちの魅力でした。「大学生が無料で使えるカフェ」と言うことで、もちろん「場所としての利用」がお客さまの主たる目的ではあるのですが、実は「スタッフの人が好きだから」お店に来る方もたくさんいられるのです。実際に私がそうでした。
ですから私も同じように「みんなが喜んでくれるような場所づくりのお手伝いがしたい」「私自身もみんなのためになれるような人になりたい」そんな思いをずっと持っていたんです。
そんな素敵なスタッフばかりですから、横のつながりが増える点はすごく魅力です。月に一回全体ミーティングがあったり、全国のスタッフと会える機会も年に1度あります。Twitterなどでも「知るカフェ」をキーワードにしている人が多く、知らない人同士でも連帯感が生まれ、自然に繋がっていけるのです。
▲知るカフェの関西の店舗合同で行われたスポーツ大会の様子
普通に生活していると、同じ大学のコミュニティの中で完結しがちですから、こうやって全国の違う大学の方と知り合いになれるのは、本当に大きな大きな財産になりました。いつもいろんな地区に行くたびに、現地のスタッフのところへ行って、お話ししたり、ご飯を食べに行ったりしています。
【5】みんなの素敵なところや前向きな気持ちを引き出せるように
お店の仕事は、お客さまの入店をお迎えして、学生証を確認し、注文を受けて、ドリンクだしまでの一連の流れをカウンターにて対応します。「お客さまとどれだけ話したか」はお店にとってもかなり重視している点で、単に注文を受けて、ドリンクをお渡しするだけにとどまらない、自然でフランクな会話を大切にしています。お帰りの際も、カウンターの外まで出て見送るようにしています。
スタッフはおおよそ1日に5-6名、お客さまは多い時で200名くらいでしょうか。絶えずお客さま目線で「接客に最善を尽くすこと」をお店として徹底しています。
接客以外にも、ある種経営的な目線もスタッフに求められます。例えば広報やサービス担当、協賛いただいている企業さま向けのイベントなどの対応だったり、それぞれ担当分けされ、業務に当たります。これらの多くは、何をすべきか個々に判断を任されている点も多く、大変ではありますが、その分やりがいがあります。
例えば、席が空いていない時は、ドリンクだけ先に出してカウンターなどで待ってもらう。そういうサービスの形は私が提案して実現したものの一つです。
勤務は同志社大学店でスタートし、2015年に一度、店長代理として働くことがありました。しかしこの時は、自分の立ち位置をうまくつかめないまま、一度代理を離れスタッフに戻り、あらためて2016年7月から、関西地区のスーパーバイザーの一人として、抜擢いただくことになりました。
▲知るカフェの全店ミーティングと、同時に開催されたクリスマスパーティーの写真(2016年12月)
スーパーバイザーになれた時は、本当に嬉しかったです。スーパーバイザーに憧れの先輩がいて「あんな風になれたらいいな」とずっと思っていたので。
なぜ私を選んでいただけたのかは、自分でもよく分からないのですが、「うまくいかなかったことを否定するのではなく、その状態をしっかり受け止めて前向きに頑張ろう」というような、ミーティングの時の私の発言や姿勢を、社長が評価してくれたのが、一つの要因だったようなことを伺う機会はありました。
▲店舗ミーティングのひとコマ。右から二番目が柿本社長
この例からも分かるように、社長はスタッフそれぞれにしっかり目を配り、何気ないやりとりからみんなの気持ちを汲み取り、上手に乗せつつ個性を引き出していく。そんな場の作り方がとても上手に感じます。それぞれのお店の雰囲気がとてもいいのも、純粋にそういう社長の人柄が表れているのではないでしょうか。
私がスーパーバイザーとして、大切にしてきたことの一つが、「良いことを積極的に探して伝えていく」ことです。例えば、社内には「グッドポイント」「バッドポイント」をチェックし、提出する機会があるのですが、私はグッドを少しでも多く出すように心がけています。本当に何気ないようなことの中にも、素敵な心配りとか思い入れがあったりしますし、そういうのをみんなと共有していきたいし、後押ししていきたいなって。
さらに、2016年9月には研修マネージャーに就任し、全国の研修制度の確立、新スタッフの管理、既存スタッフのレベル向上に携わることになりました。170人のスタッフで一人しかいない役職ですし、私が作った制度により人・時間・お金のすべてが変わっていくため、責任も重く、悩むことは多々あります。
でも、研修マネージャーは一人であっても、周りには優秀で優しいスタッフがたくさんいて、日々フィードバックをもらいながら制度を改善しています。 それが本当にありがたく思っています。大変なこともたくさんありますが、周りを巻き込み頼りながら、よりレベルの高いスタッフの育成制度をこれからも作り上げていきたいと思っています。
【6】ポンコツな私だからこそ(笑)、できることを探していきたい
スーパーバイザーとか研修マネージャーなどと言うとすごくカッコいいのですが、実は私のイメージは「ポンコツ」キャラです。自虐でも何でもなく、日々みんなにもそう言われています(苦笑)
忘れ物とか、聞き間違いとか、話しが噛みあわない時がしょっちゅう。打合せの時でも、知らない間に頭の中でご飯のことに内容が変換されて、質問に答えたら「どう考えても、今の話はその流れじゃないでしょ?」と笑われたり (笑)
なので、役職に就くたびに、「こんなおバカキャラで、みんなが認めてくれるのかな?」みたいな不安はいつもありました。
でもだからこそ逆に「まじめに仕事できてる!」と驚いてくれたり、後輩からも「ポンコツすぎるけど、尊敬してるよ」とか、褒めてるのかからかってるのか分からないような言葉をもらったり・・・
そういう繰返しの中で、以前こそ「ポンコツキャラから卒業したい」と言う思いが強かったのですが、みんなが話をしやすいなら、そしてみんなと仲良くできるならポンコツキャラでもいいのかなと(笑)
直すべきところはもちろん多々ありますが、無理にキャラを変えようとしなくても、自分らしい姿の中で、みんなに貢献できるようにしたいと、前向きに考えられるようになりました。
ただ・・・「ポンコツかもしれないけど、ポンコツなだけじゃないよ!」と言う点は、少しでも伝わるようにしたいです(笑)
▲東大、京大、慶應、神大、同志社、立命店のスタッフと京都にて
私は子供のころから、東京、兵庫、名古屋、山形、熊本、大阪など、親の転勤に合わせて、何度も住む場所が変わってきました。一般的に、引っ越しを嫌がる子供は多いのでしょうが、私は親がいつも新しい土地の魅力をいっぱい語ってくれ、引っ越しが楽しみになるようなそんな気くばりを、いつもしてくれていました。
だから、いろんな地に行って、いろんな人と出会えるのが楽しいと感じれるようになったし、すごく好奇心の強い子供になった気がします。そして、みんなと仲良くなりたい。みんなに喜んでほしいという意識も強くなりました。
そういう原体験もあって、私は「自分がこうしたいから!」ではなくて、「頑張りたい!」と言ってる子に付いて行って、一緒に頑張るのが好きなタイプ。頑張ろうとしてる子の気持ちに触れること、そして少しでも役に立てるように自分自身も頑張ること。そんな関係性が私のエネルギーになる気がするんです。
「知るカフェ」は、ただ働く場というだけでなく、みんなで「頑張ろ!」と言いあえる環境です。だからこそみんなが好きだし、ずっとここで働いてこれたんだなって、今あらためて感じています。
「知るカフェ」は日々変化し成長しています。この勢いを大切に、私自身も乗り遅れないように付いていきたい。 そして「スタッフに寄り添うマネージャー」としてスタッフの声を吸い上げ、たくさんコミュニケーションを取りながら、サービス改善や向上に関する制度を作りあげていきたいと思っています。