芦澤 望 さん

芦澤 望 さん

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東邦大学看護学部看護学科。「ジャナドル芦澤望」として活動。2014度「大学生OF THE YEAR」エンターテインメント部門でグランプリ受賞

芦澤望さんのこれまでの主な活動

◯ジャナドルとしての活動
大学1年生の時、写真家として関わっていた芸能事務所からのスカウトで「ジャナドル芦澤望」として活動開始。Iphone ケース展オフィシャルレポーターや、るるぶのモデルとして活躍。ライブ開催も多数。
・「大学生OF THE YEAR2014」エンターテインメント部門でグランプリ (2014/12/18)

◯起業関連
・渋谷宮益坂に国内外に向けて“異・職・住” の情報発信をするフリースペース「Global Hub くるくる」を開業するとともに、イベント会社、株式会社TRY-JIN設立、代表取締役就任(2015年4月1日)

◯クラウドファンディング
・芦澤望の報道写真展&アンチエイジングパーティ ~日本でもっと不妊予防を叫びたい
※「ジャナドル☆芦澤望 写真展&アンチエイジングパーティー」2015/3/29開催 

◯ブログ
「ジャナドル芦澤望 げんきげんきのんたんblog」

芦澤望さんインタビュー

【1】「人生の選択肢を増やす」お手伝いをするのが私の使命

大学卒業を控えて、4月からの新たな活動の準備に、まさに今奔走中の毎日です。渋谷でのフリースペースの開設、そして会社設立。3月29日には、クラウドファンディングのプロジェクトの集大成となるイベント(ジャナドル☆芦澤望 写真展&アンチエイジングパーティー)も開催しました。これまでの大学生活の間に培ってきたものを、あらためて次へのスタートに向けて明確なカタチとして落とし込んでいるところです。

私がこれまで、そしてこれからもこだわり続けていきたいのが、「人の選択肢を増やしたい」というテーマです。これは一生をかけて追求していく私のミッションだと思っています。

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「選択肢を増やす」ための方法には、いろいろあると思いますが、まずその出発点にあるのは、私は「出会い」だと思っています。

好きなことに取組み、毎日を楽しく溌剌と過ごす。そういう魅力的な人と出会うことは、人生にとってとても大きい変節点になる。まさに私がそうでした。「自分の”好き”に忠実に生きていいんだ!」そう実感できることで、これからの人生への期待、視野の広がりなど、さまざまな可能性が膨らんでいくんです。

私は中学高校と国立の進学校に通っていました。そこで苦しんでいたのが「サイレント・マジョリティ」、声なき集団でした。自分の意見が無い、その異質な空気感が私には耐えられなかった。「もっとはっきり言ってよ!」そんな鬱憤ばかり溜まっていた私は、結局自身も何も発することができず、友達もいない居心地の悪い日々を送っていました。当時は本当に、学校がそして日本が嫌いでした。

学校には本当に行きたくなかった。でもそこから逃げるのは許されない。そういう思いの中で救われたのは、親がさまざまな場所に連れ出してくれたこと。例えば海外とか、習い事とか、大人が集まる場所など、外の刺激をたくさん与えてくれた。学校には居場所が無くても、外に少しずつ楽しい場所が増えていった。それは大きな心のよりどころになっていきました。

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その後、中学3年生の時に海外留学をして、大きく視野が変わりました。一つは、現地の人が一様に「日本は良い国だね」と評価してくれていたこと。私はそれまで、日本の嫌な部分ばかりに目が言っていましたが実はそれだけじゃないんだって。「自分が現実から逃げていただけなのかな」そう感じるようになり、自分から周りに近づいていく姿勢も生まれました。

もう一つは、自由に好きなことをして生きていける、そんな現実があることを知ったこと。私が留学中にステイしていたのは、シングルマザーのアーティスト。でもすごく楽しそうに、アクティブに過ごしている。

「いい年をした大人が毎日楽しそうに過ごしてる」それは、日本では感じたことのない驚きでした。「それって可能だったんだ!」って。まさにこの時の「出会い」の経験が、今の活動に繋がる大きな大きな出発点になっています。

【2】ジャーナリスト+アイドル「ジャナドル」としてのスタート

高校生になって写真を始めて、さらに意識が変わりました。きっかけになったのは「世界報道写真展」に行ったこと。それまでテレビや新聞などのメディアで報道されるさまざまな出来事は、どこか遠い世界の自分とは関係ない存在だと思っていました。

でも「それではいけないのではないか」と。現実を知ることは辛い部分もありますが、だからこそ「自分が向き合うべきものも見えてくるかもしれない」。「自分の日々の悩みがすごくちっぽけなことに気付けるかもしれない」。そんな思いで、自分自身ももっと世界を広く知り、そしてそれを多くの人と共有する。つまり「伝える」ことに活動の重点を置くようになりました。

それは主に写真を通じてでした。しかしその限界も感じました。社会問題は、多くの人にとってハードルが高いのです。声たかだかに課題提起をしても、届く範囲は限られています。

その頃、写真家としてお手伝いをしていた芸能事務所から「アイドルにならないか」と声がかかりました。正直私が「アイドル」というキャラクターなのか疑問ではありましたが、ふと思ったのです。「アイドルという切り口なら、日頃社会問題に興味を持たない人にも声を届けられるかも!?」と。何か新しい切り口を作りだせるのではないかと。

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もともと私はジャーナリストを目指していました。「ジャーナリストを目指すアイドル」、略すと「ジャナドル」。これで行けないかと提案したところ、事務所の方も了承いただき、その後は「ジャナドル芦澤望」として活動を始めました。

ライブハウスでコンサートをしたり、モデルやレポーターをしたり、さまざまな形でジャナドルのあり方を模索していたのですが、当初は本当に悲惨でした(苦笑)。中学高校の時と同じかそれ以上に、居場所が無かった。ほぼ全員がアンチ(笑)

「ジャナドルってなんだ!?」「そんなことをするのがジャナドルなの!?」みたいに、いたるところで非難ごうごう・・・。自分自身が考えて始めたことながら、自分の存在意義は何一つ見えない日々でした。

ただそれでも続けていくと、少しずつ理解していただける方が出てきました。もっとも目立った実績があったわけでもなく、「私の活動に対して」というよりは、「何か良く分からないけど必死そうな私」への不思議な興味というか、そういうものが発端だった気がします。

でもそういう方々が増える中で、私も少しずつ自信をつけていくことができ、同時に活動の幅も広がってきました。「理解者と出会うことで得られる可能性の大きさ」これも私が是非伝えていきたいところです。

そして昨年の冬、「大学生OF THE YEAR2014」という、活躍する大学生を表彰する大型イベントで、エンターテインメント部門のグランプリをいただきました。正直「私でいいの?」という気持ちが偽らざるところだったのですが、でもやはり、凄く嬉しかった。というかホッとしました。自分のことを認めてくれる場所があるんだって。

【3】ジャーナリストを目指すからこそ、看護学部を選んだ

私は看護学部の学生として4年間を過ごしてきました。殆どの同級生は、看護士であったり医療の世界を目指して看護学部に入学するのですが、私は全く違いました。「ジャーナリストになるため」看護学部を選んだのです。

一般的に考えたら少し違和感ある選択かもしれませんが、私の中ではしっかり整合性を持っています。

それは大きく二つの理由があります。そのひとつは、取材で治安が悪い国や医療設備が不十分な国に行ったとき、目の前でけがや病気で倒れている人を見て、そのまま見過ごしてしまっていいのかということ。目の前の人を救えなくてジャーナリストと言えるのかという思いでした。

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そしてもう一つは、伝える相手は人であり、伝えるものも人が作りだした何かであるということ。「人とは何者なのか」を知ることからすべてが始まる。そう考えました。

看護の勉強は、単に医療的なものだけではありません。生命の根幹を学ぶことができるとともに、実習などではさまざまな病的環境に置かれた人と多数めぐりあう。人生について、そして死生観について日々向き合います。その経験は、取材する上でも伝える上でも大きな基点になると考えたのです。

例えば昨年クラウドファンディングを行ったのは、「日本でもっと不妊予防を叫びたい」という取り組みでした。そしてその集大成が、先ほども紹介した先日のイベントなのですが、ここにも「医療×ジャーナリズム」の考え方が表れています。

社会にはまだまだ不妊に悩む人は多くいます。私は以前、産婦人科へ足を運んだとき、不妊治療で悩む方々、こどもを望んでいるのに授かることが難しい方々など、たくさんのカップルがいることを知りました。そして、卵子バンクに登録し、アメリカやタイへ、不妊で悩むカップルに私の卵子を提供しに行きました。

その中で、「子どもを産む」という、女性にとって大きな大きなイベント。この「選択肢」の重要性を、もっと多くの人に伝えなければ、そう強く思いました。少しでも早く「生命を宿す」ことの重さを理解し、自分の体の大切さに気づいてほしい。無事健康な出産の時を迎えるために、できることは早めにしておく。

そういう気持ちで、日々の食生活や生活のリズムを大事にすることで、仕事にしてもプライベートにしても、日々を充実させる、活力を持った体を手に入れることができます。妊娠・出産という選択肢を大切にすると同時に、さまざまな人生の可能性を追い続けることができる自分を作ることにもなる。そういうことを伝える機会にしたいと思っていました。

イベントのタイトルに「アンチエイジング」と付けたのは、まさにそういったメッセージの表れです。

【4】この春からは起業家。これまでの思いをさらに強く「続ける」意思を大切に

間もなく4月、私は学生というモラトリアムな期間を終えて、起業家としての道を進みます。4月1日には、「Global Hub」をテーマにした、フリースペース「くるくる」(渋谷宮益坂)のお披露目パーティも控えており、これが新たな出発の舞台になります。そして起業家としての活動も、このスペースを中心に展開していきます。

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「選択肢を広げる」というミッション。ここではまず「外国人の方を迎え入れる場所」としての機能を押し出していきます。

私が以前海外に行ったとき、現地の人に様々なアドバイスを受け、充実した時間を過ごすことができた思い出があります。でも翻ってみたとき「日本ではどうだろう?」って。観光でも仕事でも日本に来たときに「気軽に相談できる場所ってあったっけ?」って。

例えば食事の場所や名所など観光的な相談もさることながら、仕事探しや、そのための住まいさがしでも、外国の方は大きなハンデがあります。そういう方々のニーズに応えられるように、いま不動産会社さんや人材会社さんとも提携を進めていますが、「くるくるに行けば、何とかしてくれるよ」という体制を作り、認知を広げていきたいと思っています。

それが進めば、「日本が好き」な外国人が増えるはず。「日本の魅力に気づき、ずっと住みたくなる」そんなきっかけを提供していきたい。

そのためには同時に「日本らしいもの」を発信する環境づくりも必要になってきます。ですから、伝統産業や食や、和の文化に関わるネットワークも構築し、それぞれの奥深い魅力を伝えていくことも考えています。そしてこれらが積み上がることで、「外国人向け」だった活動が、日本のさまざまな立場の人たちにとっても、新たな気づきの場になり、可能性を広げていくことになるはずです。

「知ること、出会うこと。その機会を作ることで、人生の選択肢を増やしていく」。その姿勢はここでもしっかり軸においています。

そして最後に、今まで応援してくれた方々への感謝を伝えたいです。いつもマイペースで、自分の信念のまま私が走り続けけることができたのは、温かく見守っていただいたみなさんのおかげ以外の何ものでもありません。

まだまだ何もない自分を応援していただける、その期待にプレッシャーを感じることも多々ありますが、とにかく頑張る。今できることは「強い気持ちで続けること」だけかもしれませんが、そういう気持ちでひたむきに継続さえしていけば、きっとカタチになるはずだと思っています。

自分が考える理想を実現するためには、自分自身もっと成長しつづけないといけないですし、多くの方との良い関係作りが大切になってきます。これからも引き続きご協力をお願いする機会は多いかと思いますが、ぜひ「ジャナドル芦澤望」の将来に期待して、応援していただけると嬉しいです。

メディアでの紹介リンク

・NAVERまとめ 【今注目すべき!】ジャーナリスト兼アイドル! ~芦澤望~
・未来の名刺 ジャーナリストになってたくさんの人に世界は地球は楽しいということを伝える!
・東京旅人会 【マイタビトークゲスト紹介①】芦澤望さんです!
・【CafeSta】「イマトーーク」 ゲスト:芦澤望さん ※youtube