瀧野 里菜 さん

瀧野 里菜 さん

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早稲田大学 政治経済学部経済学科。ハートプロジェクト発起人。オンライン教育を研究。株式会社スクーのインターンなど

■ 瀧野里菜さんのこれまでの活動
                                     
○ 高校時代
・World Youth Meeting 2010 プラチナ賞
・高校の姉妹校であるジョグジャ校と国際フリーペーパーを作成
・第16回 日韓高校生交流キャンプ (※参加者感想文)
・Inteligent Ironman Creativity Contest 2011ベストパフォーマンス賞
・フリーペーパー「CHファイルズ」編集スタッフ
・ハートプロジェクト 写真洗浄ボランティア校内での企画発起人。名取市より感謝状いただく(※活動報告)

○ 大学時代/インターン
・web製作会社 (2012年 8月〜 企画・画面設計に携わり、応募したアプリコンテストでhtml5賞受賞
・人材コンサル会社(2012年9月〜2013年3月) 大学生向けのメディアを担当
・医療コンサル会社(2013年9月〜 コンサル事業部にてお手伝い
・株式会社スクー(2012年8月〜) 放送スタッフ

○ メディア出演/その他
NHK 東北発未来塾 (2012年6月)
TNK(東大起業家サークル)(2012年4月~2013年12月)、すずかんゼミ2012春
University of the people Business Administration course(2013年10月〜)

■ 瀧野里菜さんインタビュー

【1】「会いたい」と思ってもらえる人になりたい

ESSや茶道、バトミントンなどの校内の部活動、日韓高校生交流キャンプなどの海外交流、フリーペーパーの製作スタッフ、ハートプロジェクトをはじめとする社会貢献などの学外活動。このように、「これは」と思ったものは何でも飛びつき、チャレンジして過ごしてきた、そんな高校生活が、今の私の活動の原点になっています。

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でももともとは、そんなにアクティブな学生ではなかったんです。「良い学校に行って、素敵な結婚ができれば十分満足」それくらいにしか人生を考えていないタイプでした。そんな私が突然のように人生に積極的になったのには理由があります。それは高校二年生の時の祖母との別れでした。

祖母が不治の病にかかり、入院生活が始まってから、私は何度となくお見舞いで病院を訪れました。もちろん祖母はいつも私を歓迎して喜んでくれます。でも段々とお見舞いを続けるのが苦しくなってきたんです。

入院する以前、私が祖母に会いに行くときはいつも、よい結果が残せたテストや成績、もらった賞状などを持っていっていました。まるで自分のことのように喜んでくれる祖母の笑顔が嬉しくて、自慢できることがあると「祖母に報告しなくちゃ!」といつも思ったものです。しかし、高校に入って、自分自身が井の中の蛙だったことを思い知らされました。今まで私が取り柄だと思っていたものが皆も当たり前にできてしまう環境に直面し、喜んでもらえるような報告が何もなくなってしまった自分に悲しくなってきたのです。

3ヶ月で祖母は他界しましたが、私はその時感じていた辛い気持ちをバネに、「もっと今の自分に誇れるものを持とう」「みんなに会いたいと思ってもらえるような魅力的な人間になろう」そう強く決心しました。

おかしな子と思われてしまいそうですが、ちょうど祖母が亡くなった日、以前学外の友人から聞いて挑戦しようかな、と思っていた全国の高校の図書館にも設置してある「CHファイルズ」というフリーペーパーの存在を思い出し、泣きながら「そのスタッフをしたい」と連絡を入れました。自分の「これから」を強く意識できるもの、わくわくできるものがもっていないと自分自身が消えいってしまいそうだったからです。今でも落ち込むことがあると、こういう種は巻いておくようにしていますが、こうして私の学外の最初の接点ができました。

私が通っていた高校は埼玉県本庄市にあり、都内から電車で1時間半はかかる場所。どうしても繋がりは学校内に収まりがちです。価値観が壊された場所でもありましたが、同時に価値観の偏りも懸念し、複数のコミュニティをもっておく必要性も感じました。その後いろいろな学生の討論・交流イベント、自分が所属する組織のミーティングなどで、週に1度は都内に出かけるようになり、今まで知りえなかったような、規格に収まらない高校生、強い憧れを抱く大学生、社会人など、魅力的な人と幅広く出会い、共に行動する機会が増えていきました。

【2】身近なところからでも、大きな社会変革は作りだせる

私のこれまでのライフワークの骨格にあるのが、NPOなどの社会貢献活動です。その入り口は、高校の時の卒論でした。2年の後半になってテーマを決めるときになり、私は当時一番楽しいと思っていた政治経済の資料集をパラパラとめくり、目についたのがNPOやNGOの活動でした。金銭的利益ではなく、社会的利益を追求する、そんなミッションがかっこいいと思ったんですよね。特にオンライン教育の分野、そして介護や福祉などこれからの超高齢化社会を見据えた動きに興味を持ちました。

この関心の原点にも、実は祖母の存在があります。彼女は非常に社交的で快活なタイプだったのに、老人ホームやデイサービスに行くのを凄く嫌がっていました。私には当時その理由はよく分からなかったのですが、何かニーズにマッチしていないものがあるのではないかと。幸せな老後って何かを考えることが良くありました。

一方、私は学費のかなりを祖母に出していただいており、特別裕福な育ちでもなかった私にとって、それはとても貴重でした。ですから「教育には多大なお金がかかること」の必然性にも少し違和感を覚えるようになったのです。

そんな背景もあり、当時影響を大きく受けることになったのが、サルマン・カーンの取組みです。彼が立ち上げた教育NPO「カーンアカデミー」は、非営利の教育ウェブサイトとして、初等教育から大学レベルの講義まで科目も多岐に渡りプログラムが組まれ、3000本以上の教育ビデオが取り揃えられています。

「ネットを通し、高水準の教育を、無償で誰にでも、どこででも」受けられるようにする彼の理念は、ビルゲイツ財団やGoogleも支援するなど、多くの賛同者を集め、大きなムーブメントを巻き起こすほど規模を拡大していますが、きっかけは些細なものでした。「従兄弟に数学を教えるためにYoutubeに投稿したビデオ」が原点なんです。

これを知った時私はハッとしたんです。そんな身近なところから社会に大きな影響を及ぼす活動が生まれるのかと。私はその頃「意識高い系」学生の一人として、そういう人たちが集まるイベントによく顔を出していたのですが、ちょっとした違和感を持っていました。それは「大きなテーマを掲げてイベントを開催すること」だけで満足して、その先の発展や成果までコミットしようとするものが少ないのではないかと。

もちろん未知の世界の関心を喚起したり、同世代の仲間で語り合ったりも大事です。でもそれだけでいいの?って思ったんです。自分たちに知識がついて、視野が広がって、成長した気になれる・・・それだけでは何か物足りない。せっかくならやはり、社会に対する明確な価値や、新たな幸せの形を創りだしたい。そう感じていました。でも一方で、そんな大それたことは、私個人にはとても手の届かない世界なんだという諦めも一緒にあったんです。そんな私にサルマン・カーンは大きな自信を与えてくれました。

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これ以外にも、最近日本にも出来て有名になった「ティーチフォーアメリカ」や、世界最初の学費無料をめざすオンライン大学「ユニバーシティオブザピープル」、私も好きでよくみる大学の授業を無料で受講できる「edX」など、世界には素敵な活動をしている教育NPOがいくつもあります。

特に、あまり日本では有名でない「ユニバーシティオブザピープル」の話をすると、惚れ込みすぎて私は調べるだけにとどまらず、自分自身そこの学生になってしまったのです。本当に素晴らしいものだったので。

この学校は現在、在籍・卒業含め1500人以上の学生が141カ国から集まっていて、授業はすべてオンライン。オンラインなところも私にとってツボでしたが、なかでも一番気に入っているのは、マイクロソフト4アフリカ奨学金と呼ばれる制度です。私は日本人で、特にこれの恩恵を受けるわけではないのですが、今までの高等教育が180度変わるのではないか、世界の教育格差が今よりもずっと改善され、フラット化するのもそう遠くないのではないはず、と強く可能性を感じていているのです。

実はまだこの学校は、学位認定はされていないのですが、こちらの奨学金を利用すると、マイクロソフトの技術的なトレーニングやメンターシップ、インターンシップ、雇用機会にも恵まれるチャンスがもらえます。

今や、世界のトップの大学の授業が無料で聴講できるサービスはあるので、授業を受ける事自体は簡単ですが、それだけでは世界は変わらないと勝手に私は思っています。聴くだけではなく「学位認定がほしい」、もっというと「いい企業に就職するため」とかそういった理由で高等教育を受ける人が殆どだと思うからです。ですから、無料で動画を見るだけにとどまらず、将来デザインを描くことも可能な「ユニバーシティオブザピープル」の取り組みは大好きなんです。日本にはまだまだ浸透していないですが、今後の大きな広がりの可能性を感じ、これからもオンライン教育は注目していきたいと思っています。

【3】私が良いと思ったもの、素敵だと感じたことをより多くの人と共有したい

卒論を書き始めてから半年ほどたち、NPOにまつわる文献をとにかく読みあさりまくっていたころ、東北で未曾有の大震災が起こりました。私はいてもたってもいられなくなって「何かしたい」と現地での活動を調べたのですが、実は高校生には「ボランティア保険」が掛けられないこと。保険が掛けられないから、現地に行っても本格的な仕事を与えられないこと、そんな現状を知りました。

「だったらどうしようか」そう悩んでいた時に知ったのが、ハートプロジェクトという写真洗浄ボランティアの活動です。これは、津波で流されて汚れてしまった思い出の写真を、きれいに洗って持ち主に返すという取り組みです。

この活動は原宿の街を起点に殆どが主婦の皆さんによって行われていたのですが、私はとても共感して学内に持ち帰りました。そして学校の協力を得て、たくさんの先生・生徒とともにこの活動を高校のプログラムとして実現にこぎつけることができたのです。それは私にとって、とても嬉しく自信になることでした。

というのも、多くの学生にとってNPOや社会貢献活動というものにはなかなか馴染みがなく、「何か胡散臭そう」とか「大変なのに報われなさそう」とか、ネガティブなイメージを持つことが少なくないからです。「そういうイメージを少しでも変えたい」「私が良いと思ったもの、素敵だと感じたことをより多くの人と共有したい」という思いが、私の中にいつもあり、それが大きなモチベーションだったので、少しでも形になったのはとても満足しています。

さらに、「里菜ちゃんの活動見ていて、テレビのニュースでNPOの話題になるとつい注目するようになった」と声をかけていただく子もいたりして、本当に涙が出るくらいに嬉しくなったりもしました。

その後もその経験を買ってもらい、東北初未来塾という番組に出演する機会を得て、多くの被災した地域・国を助けている国際NGO JENの木山講師のもと、合計1週間ほど実際に現地に行き、ワークショップをしながら東北の未来について、学び考える貴重な経験をすることもできました。

【4】社会的価値の高い活動を、ビジネスからのアプローチで考えてみる

ただ大学生になってからは、いったんビジネスの領域に活動の中心を移すようになりました。それまで「社会貢献」的な観念ばかりで社会の事象を追っていたので、少し視点を変えたほうがいいのではないかと思ったからです。

そこで入学してすぐ、東大の起業家サークルであるTNKに籍を置き、またWeb系の企業でのインターンをはじめました。当時は自分ひとりで何か形になるものが作りたくて、その手段はwebが向いてる、それで起業できたらいいな!と思って、プログラミングなどを学ぼうとしていたのですが、html,cssを一通りみたところで挫折。やってみると思った以上に向いていなくて・・・。「自分でなんでもできなくても、やりたいことを伝えるだけの基本知識さえ持っていればなんとかなるだろう?」みたいな感じで、速やかに(苦笑)方向転換しました・・・

また、高校時からのオンライン教育の熱がさらに増していた私は、その分野にどうしても関わりたくて、日本に何かないか調べていたところ、出会ったのが、実名制オンライン学習サービス「schoo」でした。

「世の中から卒業をなくす」というミッションがかっこいいというのも惹かれたひとつのポイントでしたが、一番惹かれたのは株式会社で運営しているという点でした。

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私が今まで情報として得てきたものはみなNPOスタイルの経営だったので、金銭的利益を追求する株式会社で運営するのは単純に難しいんじゃないかなと思ったんですよね。そして、同時に間近で、それが実現されていく過程をみてみたいな、と。まだ創業半年後くらいの立ち上げ間もない会社だったのですが、「市場に持ち込んで競争原理の中で、みんなでより良いものを目指すほうがいい」といった意見や今後の方針をお聞きして、何も戦力を持たない私でしたが、なんとかひろっていただき、関わらせていただけることになりました。

お手伝いさせていただく中で興味深かったことの一つに、「一体感の価値」みたいなものがあります。オンラインの武器は「いつでもどこでも」であるはずなのに、「決まった時間にみんなが一緒の授業を聞く」ことに、特別な意味をみんなが感じているような。最近「バルス」の呪文が流行っていますよね。これと一緒にはできないにせよ、たくさんの人が同じ時間に同じアクションを起こすことは、インターネットの時代でも変わらない普遍的な価値なんだろうなと考えさせられたのです。

【5】オンラインを利用して多くの人を巻き込み、超高齢化社会に対応する仕組みを作りたい

大学生活も二年目に入り、東京の生活にも慣れてきた半面「やはり本庄の町はいいなあ」って感じることもよくあります。全体的に空気がのんびりしているというか居心地がいい。こういう「心のふるさと」と呼べる場所、そして家族との絆、そういう自分が立ちかえる場所を持っていることって凄く大事なことなんだと改めて痛感させられます。そして誰もが「第3の故郷」と呼べる場所を持てるような、そんな仕組みがあればとも感じました。

東京にいれば、日本全国の美味しいものは集まってくるし、情報もみな手に入ります。でも行ってみないと分からないこともたくさんあるし、現地でしか味わえない楽しさもたくさんありますよね。

そんなことを考えながら、例えば高齢者施設も「建物」としての施設ではなく、町ぐるみが施設になればいいのになあってふと思うことがありました。温泉で湯治ができて医療施設があって、町全体にコミュにティが形成されていて・・・。であれば、祖母も喜んで施設に行ったのではないかと。

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そしてもうひとつ思ったのが、張り合いの部分です。先ほども紹介したように祖母は社交的で明るい性格、私のことも凄く面倒見て可愛がってくれました。でも施設に行ったら「老いた人」として「面倒を見られる立場」の存在になってしまう。それが耐えられなかったのではないかと。

WHO憲章の「健康の定義」に表れるような、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態にある、というのが、既存のシステムでは叶っていないのではないか、まだまだ足りないものがあるんじゃないか、と思いました。人はやっぱり社会と関わって役割をもたないと生きていけないものだと。必要とされたくて、役に立ちたいっていうのは、たとえ年をとって体が衰え、できることが減ったとしても同じだと思うんですよね。ですから「できることを活かして、時間のできた老後を楽しむ」そんなことが可能な場所や仕組みを創りたいと考えています。

いま日本は核家族も共働きも当たり前の社会になり、離婚もハイペースで増えています。これまでの社会で受け継がれてきた、日本らしいもの素敵なものを、世代を超えて繋いでいく環境が着々と弱まっている気がします。そこに何か作りだせないか。超高齢化が進む社会だからこそ、現代的なカタチに置き換えた「3世代教育」ができないか、そんなことも思っています。そしてその時「オンライン」はとても大きな武器になるのではないかと。