村 友里恵 さん

村 友里恵 さん

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日本女子大学理学部物質生物科学科を経て、東京工業大学大学院理工学研究室化学専攻。教員免許、環境計量士資格保持

■ 村友里恵さんのこれまでの主な活動

○ 学内
日本女子大学理学部物質生物科学科を経て、東京工業大学大学院理工学研究室化学専攻へ。
基礎研究がメイン。研究テーマは「Laser spectroscopic study on molecular excited states in a VUV energy region using a two-photon excitation and an NOγ-band emission.」(二光子励起とNOの紫外発光を利用した真空紫外エネルギー領域での励起状態のレーザー分光研究)

○ 資格
教員免許、環境計量士(かんきょうけいりょうし)※計量法に基づく経済産業省所管の国家資格

○ その他
修士1年次の1年間、高校の非常勤講師。科目は理科。

■ 村友里恵さんインタビュー

【1】物事を追究していくのが理学の面白さ。そのために機械の修理もプログラミングも何でもする!

大学ではずっと基礎研究をしていました。名前の通り、世に出る技術のその礎にあるような研究なので、なかなか外部の方には、何をしているのか理解してもらうのは難しいかもしれません。

私が学部から修士にかけて一貫して研究していたテーマは、気体の特徴を調べる分光システムの構築についてです。物質は光を吸収して発光します。その特徴を利用し、窒素や光線を用いて気体の簡易な分析装置を作るというものです。論文のテーマで言うと「真空紫外領域における二光子吸収とNOガンマバンドを利用した新規分光システムの構築」。殆どの人にとっては一体何のことか分かりませんよね(苦笑)

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このテーマは、私の研究室の教授が20年ほど前に研究していた内容から由来しています。そのまま手つかずになっていて、でもその発想はとても面白いなと共感し、私がやり遂げようと思いました。そこで、日本女子大学卒業後は、教授の母校だった東京工業大学の大学院で研究を続けることにしたのです。

この分光システムの前後の事象については、すでにその連動性が証明されているものです。私が手掛けたのは、その立証を簡便化するシステムを確立すること。言い換えればもっと楽な別ルートを探す作業です。ですから、入り口と出口が決まっているため、整合性の裏付け作業がとても重要です。仮説を立てて実験し、そのずれを検証してまた実験し・・・、ひたすらそういう地道な試行錯誤が続きます。

ここで重要なのは仮説を立てる能力です。「地道な実験の連続だからこそ、もっと巨視的な感性、つまりストーリーで物事を捉えるようにならなくてはいけない」。これは教授から良く言われた言葉です。またこれらの実験のためには、機械を作ったり修理できないといけないし、プログラミングも分からないといけない。理学の世界って、その専門性を超えた多くの能力を問われたりします。ですからここで身についたマクロ的な感性は、学校内だけでなくいろいろな場所で役に立ったような気がします。

幸い修士修了までに、この研究は外部に投稿できるまでのレベルになりました。教授が20年温めてきたものを私が継承し、そして教授が納得できるところまで辿り着いたこと。これにはとても満足しています。正直周りの人たちに「これがこうなってこういう結果になったんだよ」と説明しようがない成果なんですが、それはいいんです(笑) 私にとっては納得できる結果になったので。それが基礎研究の面白さであり、相性なのではないかと思います。

あともう一点、私にはこの研究にかけるもう一つの思い入れがありました。それは地元金沢の英語の先生のことです。この先生には本当にお世話になって、何か恩返しがしたいとずっと思っていました。そして最近は寝たきり状態にもなって、受けた教えが役に立ったことを早くお見せしたいと・・・ ですからこの研究に関しては外部に投稿(英文)することを当初からの命題におき、何とか形を作ることができました。これを先生に伝えたら凄く喜んでくれて、それも本当に良かったなって思っています。

【2】生徒が自発的に動き出すようになるのが教育の楽しさ

大学院に進学して1年間、非常勤講師として高校生に理科を教えていました。教員資格を取るために教育実習の経験はありましたが、非常勤とはいえ1年間にわたって授業を持つのはやはり違いますね。とても勉強になりました。

教師をしていて楽しいのは、生徒が自発的に動き出すようになること。教えられたまま指示されるままだけではなく、自分の頭で考え能動的に取り組み始めるようになっていく。これが教師をしていてもっともやりがいを感じる瞬間です。

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一方で難しいと思うのは、生徒との距離の取り方。これは人によって違う部分は多いでしょうが、私はある程度一線を画して接しようと意識していました。非常勤といっても世間から見ればプロですし、学生であることがオープンになるのは良くないのではないかと。そういう意識もあって、プライベートを生徒の前で話すことは殆どなかったですね。「友達のように」という関係の作り方もあるのかもしれませんが、私はやはり「教師」と「生徒」という緊張感ある距離を保って接する方がいいのではないかと思っていました。

そして働く期間が長くなるにつれ感じるようになったのが、教育システムの古さ、非効率さです。そもそも先生方は皆さん、部活動があったり生活指導があったり、授業に関すること以外に割かれる時間がとても多く、さらに個人の能力や意欲に依存する部分が多かったり、教育のレベルがかなり不安定になりがちです。そもそもアメリカなどでは、教師には修士号が必須ですが日本は多くが学部卒。さまざまな面で「教育のプロ」に徹しにくい環境があるような気がします。

すでにいろいろな改革は進めていられるのだとは思いますが、現場にいる感覚ではまだまだ変わっていない。もっと成績や出欠など一連の管理形態を一気通貫のシステムにして効率化を図ったり、学校の枠を超えた教育スタイルの標準化を、ITなどを活用して進めボトムアップしていったり、出来ることしなければいけないことはたくさんあると感じました。

ただそれは、現場の頑張りだけでは何ともならない、もっと根本的な部分であることが多そうで、そう簡単には変わらないだろうなあと。もともと、姉御肌っぽいキャラでもあって(笑)、周りからは「教師が似合うんじゃない」とはよく言われましたし、実際に教員免許を取ったことからも、進路として有力な選択肢の一つでした。しかし結果的に、今は別の道でチャレンジした方がいいのではないかと思うようになり、ビジネスの世界に進むことに決めました。

【3】家族や地元の友達と過ごす時間を大切に

大学生活でずっと大事にしてきたのが、家族と過ごす時間です。高校卒業後、故郷を出て東京に来て、家族とは離れ離れの生活にはなりましたが、休みのたびに地元へ帰っています。毎月帰省していた時期もありました。

友達に話すと「お金がもったいない」とか、「戻っている時間が無い」、「だから里帰りは滅多にしない」などという話を聞くことが多いのですが、私にとっては、お金や時間に変えられないほど大切なものです。就職活動であったり論文であったり、時間に追われて大変だった時も、それでも地元に帰るのは責務だと思っていました。

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とはいえ帰省しても、あらたまって特に何をするというものはありません。おばあちゃんと一緒に他愛ない話をしたり、テレビを見たり、草むしりをしたり、そんな感じです(笑)。私にとって大事なのは、一緒の時間を過ごすことなんです。年齢的にもいつまで一緒に居られるか分からない。亡くなってから気付いて後悔したくない。そういう想いがとても強かったんです。

自分の希望を貫いて東京に出てきた以上、その気持ちだけは決しておろそかにしないように、ずっとそう思っていました。そしてつい先日、おばあちゃんは亡くなりました。もちろんとても悲しいのは事実なんですが、でもだからこそ、一緒に過ごす時間をたくさん作ってきてよかったと心から思っています。

もうおばあちゃんはいなくなってしましましたが、でも家族がいます。友達がいます。金沢ってとても素敵な町で、伝統産業がとても盛んだったり、食べ物がおいしかったり、一年を通して多くの観光客が訪れ活気があって、そしてみな地元愛が強い。ちょっとプライド高すぎるかなと思うほどに(笑)

高校時代の同級生と話していても、地元大好きっ子が多くて、教員はもちろんさまざまな方面から、自分たちで金沢の街の将来のための活動を率先して模索している人たちがいて、話していても楽しいんです。私自身はまだ金沢から離れたままですが、そういう彼らを応援していくつもりですし、これからも頻繁に金沢に顔を出していこうと思っています。